宇宙空間という極限の環境下では、たった一つの「はんだクラック(ひび割れ)」が、数百億円規模のプロジェクトを失敗に終わらせる致命傷になり得ます。そのため、人工衛星や探査機に搭載される電子機器には、一般的な民生品とは次元の違う圧倒的な信頼性が求められます。
「自社の製品にも宇宙品質レベルの高い信頼性を持たせたい」「JAXAがどのような基準ではんだ付けを管理しているのか知りたい」と考える、品質保証担当者や製造技術エンジニアの方は、いつでもJAXAが公開している技術基準の資料を閲覧する事が可能です。
ここでは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が発行している公式な技術文書「宇宙用はんだ付工程標準(JAXA-JERG-0-039D)」の内容をご紹介します。
宇宙用はんだ付工程標準「JAXA-JERG-0-039D」とは?
「JAXA-JERG-0-039D」は、JAXAの安全・信頼性推進部(Safety and Mission Assurance Department)が発行している、宇宙用電子機器の製造におけるはんだ付けプロセスの厳格なルールブックです。英語版は2022年3月29日に「STANDARD FOR SOLDERING PROCESS FOR SPACE USE」として発行されています。
この文書は、「綺麗にはんだ付けをする方法」を書いたものではありません。以下の情報を包括的に規定した、総合的な品質保証プログラムです。
- 適用範囲(Scope): 開発モデルの定義や、海外製品(Foreign products)に対する適用基準。
- 工程の網羅性: 準備段階から、加熱、はんだの供給、洗浄、そして最終検査に至るまで、はんだ付けプロセスのすべての段階(multiple stages)の要求事項を指定しています。
一般的なIPC規格(IPC-A-610 クラス3など)も高信頼性を担保しますが、JAXA基準は作業者の適性や特定の材料制限において、さらに一歩踏み込んだ要求を行っているのが特徴です。
JAXA基準を満たす「一般要求事項(General Requirements)」
宇宙品質を生み出すためには、作業を始める前の「人」と「環境」のセットアップが何よりも重要です。
厳格な作業者の認定と「視力要件」
JAXA基準では、誰でもはんだ付け作業ができるわけではありません。「Training and certification(訓練と認定)」が必須条件となります。
- 視力要件(Vision requirements): 作業者および検査員には、微細な欠陥を発見するための厳格な視力検査が求められます。
- 再認定と資格取り消し: 認定は一度取得すれば終わりではなく、定期的な「再認定(Recertification)」が必要です。要件を満たさなくなった場合や、重大な不適合を起こした場合は、「資格の取り消し(Revocation of certified status)」が行われます。
製造環境とESD(静電気放電)管理の徹底
はんだ付けを行う環境(Manufacturing conditions)そのものにも、厳しい制限が設けられています。
- 環境管理: 温度や湿度が適切に管理された製造環境(Manufacturing environment)を維持することが不可欠です。
- ESD管理: 宇宙空間で使用される高感度な電子部品を破壊から守るため、「静電気放電制御(Electrostatic discharge control)」の徹底が要求されています。
- 仕掛品の保管: 作業途中の製品(In-progress storage and handling)に対する取り扱いルールも厳格に規定され、汚染や物理的ダメージを完全に排除します。
妥協を許さない「詳細要求事項(ツール・材料)」
技術者の腕が良くても、道具や材料が不適切であれば品質は担保できません。「Detailed Requirements(詳細要求事項)」では、現場で使用するアイテムが事細かに指定されています。
ツール管理と「はんだガン」の使用禁止
設備およびツールは厳格にコントロール(Tools and equipment control)されなければなりません。
- 禁止ツール: 例えば、熱制御が不確実で部品に過度な熱ストレスを与える「はんだガン(Typical soldering gun)」は、図表を用いて明確に使用禁止(Prohibited)と指定されています。
- 検査機器: 精密な判定を行うため、規定の倍率や照明を備えた「検査用光学機器(Inspection optics)」の使用が義務付けられています。
- 保護ツール: 熱に弱い部品を守るための「放熱クリップ(Thermal shunts)」の活用も規定に含まれます。
はんだ・フラックス・洗浄剤の厳密な指定
材料(Materials)に関しても、宇宙空間の真空や極度な温度変化に耐えうるものだけが使用を許されます。
| 項目 | 要求事項のポイント |
| はんだ (Solder) | 合金組成や不純物レベルが厳密に規格化されたはんだのみを使用。 |
| フラックス (Liquid flux) | 腐食残渣を残さない特定の液体フラックスの使用。 |
| 洗浄剤 (Solvents and cleaners) | はんだ付け後の残渣を完全に除去しつつ、部品や基板を侵さない指定溶剤を使用。 |
宇宙品質を生み出す「作業プロセス」の全貌
ここからがいよいよ実作業(プロセス)の核心です。JAXA基準では、「はんだごてを当てる前」の工程に非常に大きなウェイトを置いています。
事前準備:致命傷を防ぐ「金めっき除去」と「予備はんだ」
「Preparation for soldering(はんだ付けの準備)」を怠ると、後工程でどれだけ丁寧に作業しても不良に繋がります。
- 金めっき除去(Gold plating removal): 部品リードなどに施された金めっきがはんだに溶け込むと、金属間化合物が形成され「金もろさ(はんだの脆化)」を引き起こします。これを防ぐため、はんだ付け前に金めっきを完全に除去することが強く求められます。
- 予備はんだ(Tinning): 確実な濡れ性を確保するため、事前の予備はんだ付けが義務付けられています。
- はんだ槽の管理(Solder pot control): 予備はんだなどに使用するはんだ槽は、温度管理だけでなく、金属不純物の濃度管理も定期的に行わなければなりません。
部品実装:熱と応力のコントロール
部品を基板や端子へ取り付けるプロセス(Parts mounting / Hand soldering)も細かく定義されています。
- リードの切断と曲げ加工(Lead cutting and bending): 部品本体に応力(ストレス)を与えないよう、リードの曲げ開始位置(Distance from to the part body to the start of the bend in a lead)などが厳格に指定されています。
- 端子への取り付け(Attaching conductors to terminals): ターレット端子(Turret)やフック端子(Hook terminals)、ピアス端子(Pierced terminals)、カップ端子(Solder cups)など、端子の形状ごとにワイヤーの巻き付け角度や方向が細かくルール化されています。
- 加熱とはんだ供給(Heat & Solder application): 手はんだ付けにおいては、こての当て方(Heat application)とはんだの供給方法(Solder application)が最適化され、熱暴走やボイド(気泡)の発生を防ぎます。
※フローはんだ付け(Wave soldering)についても、プロセス条件の設定(Process condition settings)や洗浄(Solder cleaning)に関する詳細な要求事項が設けられています。
品質を担保する「検査と品質保証(QA)」
完璧なプロセスを実行した後は、それが間違いなく行われたことを証明する「品質保証(Quality assurance)」のフェーズに入ります。
- 記録と文書管理(Records & Document control): どの部品に、どロットのはんだを使い、誰が、いつ作業したのか。すべての記録を保持し、完全なトレーサビリティを確保します。
- 徹底的な外観検査(Inspection): 熟練の認定検査員が、顕微鏡等を用いて規定の基準に沿った外観検査を実施します。
- 良否判定の明確化: 文書の付録(Appendix II)には「はんだ接合部のサンプル(Samples of solder joints)」が図示されており、合格・不合格の基準が客観的に判断できる仕組みになっています。
宇宙品質での製品作りにチャレンジ
JAXAの「宇宙用はんだ付工程標準(JERG-0-039D)」について、要点をまとめると以下の通りです。
- 作業者の適性: 視力要件を含む厳格な訓練と認定制度
- 確実な準備: はんだガンなどの不適切ツールの排除と、金めっきの確実な除去
- プロセスの最適化: 端子ごとの絡げルールと、適切な熱・はんだの供給
- 厳格なQA: 記録の保持と、顕微鏡を用いた徹底的な外観検査
これらの基準は宇宙開発向けに作られたものですが、その考え方は、医療機器、車載部品(自動運転)、産業用インフラ機器など、「信頼性が要求される製品」すべてにそのまま応用できる至高のノウハウです。
